『THE WIRE/ザ・ワイヤー』静かに燃える群像劇


このところ、米ケーブル局HBOの刑事ドラマ『THE WIRE/ザ・ワイヤー』をずっと観ていた。“THE WIRE”とは盗聴、盗聴器のこと。メリーランド州西ボルティモアの殺伐とした町並みを舞台に、麻薬組織とそれを追う特別捜査班の駆け引きが硬派なタッチで描かれる。

アメリカに警察もののドラマは数あれど、『THE WIRE/ザ・ワイヤー』は別格である。別格というのはレベルが高い、低いではなく、似た作風のものが他にないという意味において。

ひとことでいえば、犯罪捜査ものにありがちな要素を排したリアリズム重視の作品、ということになるけれど、魅力はそれだけではない。犯罪ドラマの形を取りながらも、正義の刑事が悪の犯罪者を討つという単純な図式ではなく、麻薬の売人にも家族との生活や信条があり、警察官にも人間臭い過ちや欲望があるということを、野生動物を観察するような冷徹な視点で見つめていく群像劇なのだ。個々の場面は、驚くほど地味で静か。音楽もラジオやレコードから聞こえるものくらいで、盛り上げのための劇伴はほぼ入らない。

どのシーズンも、序盤は退屈にさえ感じるが、小さな展開を重ねるうち、火にかけられた水が湯になり、やがてグラグラと沸騰するかのように、気がつけば事態の行く末と登場人物たちの運命から目が離せなくなる。俳優では、インテリ指向の麻薬ディーラー、ストリンガーを淡々と演じるイドリス・エルバ(『パシフィック・リム』『刑事ジョン・ルーサー』)のクールで知的なムードが素晴らしい。

優れた作品だが、日本版DVDは発売されておらず、スーパー!ドラマTVでの再放送などを待つしかないのが残念。自分もシーズン4,5は未見なので観る機会を楽しみにしている。

※クリエイターのデヴィッド・サイモンは、ボルティモアの新聞社で実際に犯罪記者を務めた人物だそうで、同じボルティモアが舞台のドラマ『ホミサイド/殺人捜査課』の原作も手掛けている。